Act.03 自然の灯り。

 朝、騒がしい教室では雑誌を読んでる人や集団でおしゃべりしている人たちが入り乱れている。そんな中で一際目立つ雰囲気を醸し出す二人は今、それをぶち壊すかのように消毒液の匂いをふりまいていた。
「あのさ、痛いうんぬん以前の問題じゃない?消毒液をひっかけてけが人をびしょ濡れにさせるなんて」
 未結が髪や服を軽くしぼりながらそう言うと、被害を及ばせた張本人の裕太は慌てながら何かで拭く。
「まぁ、アルコールやから乾くの早いで!誰も寄りつかんで静かにもなるやろうし」
 なぁ。と裕太は己の弁護に必死になって、早く乾けとごしごししていたのだが、その手を未結に止められぎょっとする。「何なん?」恐る恐る裕太がそう言うと「こっちを向いて」と未結の声。中々振り向こうとしない裕太にしびれを切らせて未結が裕太の顔を自分に向けさせ、掴んだ右手にある何かを見せた。
「さて、おばかな裕太に質問です。この白い布は一体なんでしょう?」
「…タオル?」
「いいえ、雑巾よ」
 未結の答えが早かったか、裕太の逃げようとしたのが早かったのか。後から様子を見守っていた生徒に聞くと「気付いたら二人はいなかった」そう告げられ、周りの面々も唖然とするしかなかった。
 保健室に到着した二人は揃って保険医に叱られた後、裕太が見守る中、未結の治療が施された。
「梶村君もおっちょこちょいよね。消毒液を倒したあげくに月浦さんに掛けちゃうなんて」
「もう言わんといてください、先生」
「このぐらいどってことないんで、寧ろもっと言ってあげてください」
「未結、それ酷いんとちゃう?」
 制服が乾くまでの間、保健室にいることとなった二人。裕太のボケ話や、保険医が最近対応した生徒の話などで盛り上がり、服が着れる状態に乾いても、チャイムが鳴るまで三人は話し続けていた。
 裕太を追い出し、制服を着た未結は外へ出ると、仕返しとばかりに裕太をこつき歩き出す。裕太は意外にも痛かった頭をさすりながらついていき、未結の横に並ぶ。
「なぁ、未結」
 無言で授業が始まり静かになった廊下を二人で歩いていると不意に裕太が声をかけた。未結は「何?」と返事だけ返して歩き続けていれば「あんな」裕太が横でもじもじする。
 気持ち悪い。あからさまに未結が示すと、裕太はどもりながら話を切り出してきた。
「今日金曜やん?で、来週の土曜日に水南(水島南高校)とサッカーの試合があるんや。で、俺出るんよ。せやから、その…よかったら試合。もっとよかったら今日の練習見に来てくれへんかいな?」
 必死の思いで裕太が告げ、未結は返答に困る。なぜそこまで必死に言う必要があるのか、そして未結がどうして行かなきゃいけないのか…。それに…。
「裕太の所にはかわいいマネージャーさんがいるじゃない」
 女目当て…いや、華が欲しいならちゃんとそっちがいる。どこをとっても未結の中で行くべき理由などひとつもなかった。未結は「行く必要ないでしょ」そう言うと、自分は教室へと向かってまた歩き出す。今の時間は丁度西沢の授業だ。少々遅れても笑って許してくれる…はずだった。
「待ってや!」
 授業中であるにも関わらず、裕太が大声を出しあちこちのドアが開く。未結はあわてて近くの階段を上がって隠れると、小声で裕太に意見する。
「授業中なんだから静かにしてよ」
「未結が俺の話聞いてくれへんかったんやろ!」
「静かにって…」
「せやったら見に来てくれる?」
「え…」
「やなら俺、ここで叫んだる」
 ガキか…。未結はそこまで言いかけたが口を噤んだ。あまり強く言っても裕太を刺激して自分を困らせるだけ。溜め息をついた後、裕太を見て未結は「行く」と告げた。
 裕太はだだっ子の表情から一変して満面の笑みになると、未結の拒否を聞く前に抱きしめ、頬にキスした。未結はしばらく停止して赤面するが、子供の喜びの表現として無理矢理納得し、先へ行く裕太の後ろを歩いた。

×××

 部活動盛んな放課後になり、生徒達は各々の部室へと急ぐ。帰宅部であるはずの未結も今日は都合つけて裕太のいるサッカー部へと向かうてはずになっていた。

 その頃、警察署では暇過ぎで惚けている板山の姿があった。
「暇だ…」
 警察署内一の嫌われ部署の上、その暇さ加減には上から「消えろ」と言われるくらい。板山は何もすることがないと改めて認識すると、席に着き書類の整理をしようと机の上からノートを引っ張りだす。が、ふと堤田の方を見れば、彼はこの暇さのあまり熟睡していた。先ほどから結構大きな音を立てているのに気付かないということは、熟睡の上…爆睡をしていることになる。板山は暫く考えた後、自分の机の中からそっと車の鍵を出すと、振り返さない相手に手を振って『暇』という空間から逃げ出したのだった。
 板山が車を走らせていると、サッカー部の練習している声が聞こえ、車を横付けする。窓から見える練習風景はいかにも青春が漂う雰囲気で、少し前板山が直に感じていたそれと似たものがあった。
「あぁ、高校のサッカーか。懐かしいな」
 ここだけの話、板山も昔はサッカー部に所属して部員とともに汗水流していたものだ。今裕太がしている所と同じフォワード、司令塔だった。
「上がれ上がれや!」
 グラウンドに木霊する裕太の声。校舎側と真向かいの道路側にあるフェンスに寄りかかっていた未結は、校舎に作り付けられた時計とグラウンドを交互に見ながら「まだ帰れないかな」とぶつぶつ呟いていた。
 他のものを見ようとして映るマネージャーの姿。ずいぶんと可愛い部類に入り、そこまでで終わらずきちっと仕事をこなす敏腕マネージャー。彼女がせかせか働いているのに、自分は一体ここにいて何の役目があるんだろうと未結は自問自答の繰り返しだった。
 そこへボールがクリアし、未結の上を超えてフェンスへと激突する。遠くから「取ってください」とお声がかかり面倒だと思いつつボールを取りに行く。裕太もその様子を眺めていて、振り向く未結に両の手を合わせ「すまんな」何度も謝りを入れていた。
 未結はボールの元まで歩いていくと、茂みの下に隠れているボールを見つけ、スカートを足に挟んでその場に座り込む。そして茂みに手を突っ込んで出そうとすると、不意に視線が気になり顔を上げる。するとそこにはサッカーを眺めていたはずの板山がおり、素性を知っていた未結は、心臓をどきりとさせた。
「あ…」
「あ…こんにちは」
 少々どもりながらの挨拶。未結は常時平常心と呟きながら笑顔で板山と接す。板山は逆にまじまじと見てしまっていたことに驚き、目線を明後日の方角に向け、こちらも平常心を保とうとポッケからお気に入りのタバコを取り出すと、スピードを早めに吸った。
「見回りか、何かですか?」
 早く話を終わらせたいと思い、未結が先制を打つと板山は素っ気なく答える。話の続かない、キャッチボールが通じない相手に未結は挙動不審になって板山に愛想笑いを投げると、さも嫌々しそうにそれを避けた。
「未結!早くボールくれよ」
 二人ががっちり固まっていたならば、しびれを切らした裕太が未結に呼びかける。弾かれるように我に返った未結は一礼して踵を返すと、裕太の元へ急いだ。
 ボールを渡してすぐ、裕太は「どないかしたん?」と問いかけて来たが、別にないよ。そう答え、グラウンドから離れ人知れずその場を離れた。

 置いてけぼりをくらった板山。遠く離れて行く未結の後ろ姿にどこか月夜の怪盗を思い描き、開いた口は閉じることなく。気付けば車の中に放置していた携帯はけたたましくその存在をアピールしていた。
 我に返って携帯に出ると、向こうからは騒音の嵐がやってきた。
「何処に行ってんだぁ!」
 堤田の馬鹿でかい声が板山の耳に通り抜け、それはもう疾風のごとく、板山の耳を右から左にちくわへとかえてしまう。板山は曖昧な返事で現在の状況を伝えると、堤田から無茶な時間制限を設けられて戻ってこいと命令される。そりゃないっすよ、板山が落胆の声を上げると堤田はただ無言で間を取り「いいから帰ってこい」ドスの利いた声で呟き、通信を切った。
 もちろんすぐに警察署に戻ったが、数分の遅刻により板山は書類整理を押し付けられデスクワークから離れなくなった。

×××

 グラウンドから抜け出し、そのままラコンドへやってきた未結は内山にお気に入りのカフェオレを出してもらい近くに放置された雑誌に目を通す。特集は『最近のモテる男の子のファッションと性格』別に未結は気にせず次のページに移ろうとしていたが、不意にいった視線の先にある『第一位』の男の子像に驚いた。読み上げよう。
 外見、ある程度身長があった方がいい。特に百七十前後が好ましい。髪は比較的控えめの色で。特に茶髪は女の子にスポーティな印象を見せる。清潔感あふれているのもプラスポイント。内面、一見意地っ張りで自分で決めたことに他人を入れたくないところがあるが、一度落ち込んだりすると甘えたがる性格。
 と、ここまでで誰かを想像しないだろうか。そう、さっきまで未結が無理矢理居させられていたグラウンドにいた、梶村だ。彼の身長は百六十九の控えめ茶髪の短髪。内面はどんぴしゃでプラスアルファー、男の子をかっこいいと思う人気のある部活ベスト3に入る一つ『サッカー部』所属。
「あり得ないわよ、これ。何かの間違いよ」
 未結は彼を細かく分析した後、小さくそう呟いた。まぁ、無理もあるまい。彼女からしてみれば小さい頃からの付き合いでいい所悪い所は大概見てしまっている。そして、こうやって相手が良いように書かれているときほど心理としては悪い面ばかり思い出してしまうのだから。
 静かに未結がその雑誌を閉じると、内山はそっと驚きのあまり零してしまっていたカフェオレを拭く。それに気付いた未結はまた慌てて立ち上がろうとしてカフェオレを撒こうとしたが、それは内山によって寸でのところで止められた。
「未結、動かんとって」
「あ、はい」
 内山がせっせと未結の零したカフェオレを拭いていると、一人の男性が隣のカウンター席に付き、内山にエスプレッソを注文する。とてもか細い声で言われ、酷く驚いたがすぐに笑顔に戻り今度はそちらに精を出す。未結も残されたカフェオレを飲みながら、隣の人を観察することに決めた。
 容姿はみすぼらしい格好でラコンドのある裏地にはよく似合うが、ラコンド店内には浮くような…。それから、凄く汚れたバック。絵の具が掠れてついている。男性はそこから一通の封筒らしきものを取り出すと、カウンターに置き、うんと唸った。どうやら手紙を出すべきかどうかを悩んでいるらしい。未結は気付かれないように差出人を覗くとそこには何も書かれておらず、首を傾ぐ。すると向こうが気付いたようで未結をまじまじと眺め、目線が合うと「俺の顔に何かついていますか?」こんなときのとっさの一言的な発言をされ、未結ははっとした。
「え?あ、いや…お隣でいやに唸っていらっしゃったから、何かお悩みなのかなと」
 未結はまぁ間違っていない答えを男性に述べると、相手もあぁ。手紙を未結に差し出してくる。
「ここって月夜の怪盗さんってのがいるんでしょ?その人に一つ頼みたいことがあって。でも俺が頼みたいのは盗んでほしいじゃなくて…って、貴方に言っても仕方ないですよね。まぁ、とにかくそのお願いを聞くだけ聞いてもらおうかなと思って手紙を書いてここまでやって来たのですが、如何せん俺は小心者でして、ここまで来て出すか出さないか迷ってて」
 男性は未結の前に手紙を置いてそう言うと、内山から渡されたエスプレッソを一口飲んで溜め息を吐いた。未結もつられてカフェオレを飲んで一つ溜め息。未結としては一度その手紙の中を拝見して彼の思いを聞きたい所。と、そこへ内山が間に入ってきて「出したらどうですか?」カップを拭きながらいった。
「え、でも…」
「自分で言ったんやないですか、聞くだけ聞いてもらおうかなって。やったら、それでいいんじゃないですか?怪盗やって暇やないんやけん、割に合わん仕事はしませんよ。そんときはそんとき、やってもらえたら儲けもんて思ってなきゃ」
 内山がそう助言を入れると男性は「そうですね」そう言ってご意見箱にたっぷり膨れ上がった封筒を入れると、小銭をじゃらじゃらカウンターに置き「それでは失礼します」二人に礼をして出て行った。

 残された二人は誰もいないことを確認して、表のプレートをクローズにする。そして、定位置のカウンター越しに未結がご意見箱からだした封筒の口を開く。
「すんごくこれ膨れ上がって重いよね」
「また、心ばかりの諭吉さんが入ってたりして」
 そんな冗談じみた言い合いの中、内山がカップに意識を持って行ってる間に未結が中身を出すと震えた声が内山の背後に聞こえた。
「ねぇ、諭吉いっぱいいる」
「え?…うぉ!なんやの、これ!」
 未結の変化に驚いて内山が振り向くと、そこにあったのは便箋数枚綴りと紙の輪で止められた諭吉束ひとつ。二人は桁違いのそれに息を飲み、そして手を震わせた。
「ゆ…諭吉束ひとつ!」
「諭吉束一ついただきましたぁ!」
 ホスト張りのテンションになり、思わずひっくり返った声で呼びかけをする二人。が、それで終わってはただのぼったくり。気を取り直して先に内山が黙読で便箋に綴られた内容を読む。
「ねぇ、なんて書いてあったの?」
 数枚内山が読み終えたところで、未結が声をかける。内山は引きつった笑みで未結を見ると、諭吉束を握って自分の懐に直そうとしたがそれを無理無理また封筒に戻した。
「今回のお仕事聞きたい?」
「聞きたい。何なのよ」
 変な行動を真直に見た後、未結が強く内山の質問に答える。内山は体をくねらせて、「無理や」そう言うと簡単に纏めて未結に告げた。
「今回の仕事な」
「うん」
「……」
「うん」
「……街灯の灯り盗んで欲しいって」
「へぇ。簡単じゃない…ってえぇ!」
「うん、というか盗むっていうより壊すが言葉的に適切かと思われるわけよ」
 内山が手紙を未結に渡すと凄い勢いで目を通す娘。一二分した後、全てを理解すると「…本気?」内山に問いかけた。
「あの人がセレブ街の街灯を設計した設計士で、この世に出すはずのなかった設計を手違いで制作者に渡されて作られちゃったから壊せと…馬鹿でしょ?あの人」
「まぁ、分からんでもないけどね」
「どこが!」
「いや、未結の意見がよ」
「あぁね」
 私降りていい?未結は便箋をカウンターに置いて突っ伏すとそう言った。確かに未結の意見は正論だ。街灯を壊すなんて、全然関係のない人まで巻き込むことになるし、日常にだって支障がいく。未結の禁止事項に今回の仕事はしっかり当てはまっていた。
「でも、昔の作品ってすんごい恥ずかしいと思うよ。しかも出すはずなかった失敗作。ずっと我慢した上の結果なんやないの?あの人なりに考えて」
「じゃあいわせてもらうけどさ、壊して別のができるまでの間そこをどうしておくのよ。放置って訳にもいかないじゃない」
「そうやけど、未結にもない?そういう残したくないものを壊したいってこと」
 内山にそう言われ、未結はぴたりと口を噤む。どうやら彼女の中でどこかが禁止ワードにひっかかったようだ。しばらく黙った後、カウンターに叩き付けてあった便箋を取ると、時間考えてくる。そう内山に告げて二階へと上がっていった。
「残したくないものを壊したいってのが禁止ワードやったかいな」
 しかしなぜ、禁止ワードにひっかかったのだろうか…。

×××

 署に強制送還され、席に着いてせっせと仕事をしていた板山だったが、そんな一時も十分も保たず、近くにあった雑誌を手に取ると現実逃避をするかのようにそれを顔の上にのせた。視界が真っ暗になり、何も考える必要がなくなってくる。心を無にして次に襲ってくる睡魔に身を任せると間もなく眠り粉を持った妖精がやってきて誘う。板山はそのまま四肢を投げ出して俗世から夢の世界へ飛び立とうとした。が…。
 ドアが壊れたんじゃないかと思われるくらいもの凄い音が聞こえ、板山は飛び起きる。
「おい!予告状が届いたぞ!」
「え?」
「三日月の晩セレブ街の街灯を警備しろ!」

 三日月の晩、予告を出して五日経った本日。未結は家主の居なくなった鈴村家の屋根へやってくると、周りに見える街灯の数を確認した。セレブ街の中央の大通りのみに並べられた街灯の数は五十。一人では壊せない量であった。
「これはやっぱり、大元を壊さないとってやつよね」
 
 同刻、街灯に一人ずつ警備員が配備されたセレブ街では、パトカーが絶えず道を通り、特に関係ない人達でも何が行われているか分からず、身を竦めていた。その中、堤田は板山を引き連れ警備していたはずなのだが…。
「また居ない…」
 またもや失踪した板山に頭を抱え、最後には探すまいと決め彼を放置する。そして、あちこちで眠りかけている警備員を次々に叩き起こすのだった。

 板山は堤田から離れ、一人中心部へ足を運ぶと頭上に人影を捕らえそれを追った。身軽に屋根から屋根へ飛ぶ姿を見て、怪盗だと認識する板山。気付かれないように行き着いた先には、セレブ街の電力を賄う会社が聳え立っていた。
 怪盗が入って行くのを見届け、板山は警備員に警察だと証明するものを見せて中に入ると、まず始めにセレブ街のシンボルである大きな街灯が飾られていた。一瞬、怪盗が盗む予定だったのは外の街灯達ではなくこちらかと思われたが、予告状に書かれた『灯り』に位置する街灯の灯り即ち電灯自体はついておらず、これではないようだ。
 と、シンボルの街灯を見つめていたら上層部から破壊音が聞こえ、板山は急ぐ。だが、エレベータを壊され近くにあった階段で駆け上がるのは少々体力がいる。板山は体力を振り絞って上がり、音の聞こえる屋上すぐ下にある六階のメイン回路が敷き詰められた部屋に到着すると、そこは火の海であった。小型爆弾を使われたのかあちらこちらで誘爆が起こり、この会社はいつ崩れさってもおかしくない。板山はとにかく火を消そうと上がってきた非常階段に置かれた消火器を持ち、吹きかけていく。しかし、さすがに火が大きくなりすぎているため消えることがない。板山が苦悶の表情でどうしようか悩んでいると、すぐ側の柱が倒れて来て彼を襲った。
「っ!」
 反応するのに一瞬遅れ、柱の下敷きになるかと板山は目を瞑ったが、何者かが板山をその場から避けさせたことによってそれは免れた。
 板山は目を開けると、そこに立っていた未結にまず始めお礼の言葉を言う。
「あ…ありがとう」
 すると、どういたしましてと未結から声が返ってき、そこで板山ははっと問いかけた。
「なんでこんな危険なことを…」
「依頼者が望むからよ」
 板山が問いかけるのと同時に未結は答え、板山の腹に一発蹴りをお見舞いした。呻き声がその場に木霊し、板山は苦しみに酸素を取り込もうと必死になる。しかし、ここでは一酸化炭素が豊富にあり死んでしまう可能性がある。そのため未結は板山に呼吸をすることを制限させるためにもう一度腹に蹴りをお見舞いし、半分気を失いかけてる所で担ぎ上げるとよろめきながら窓へと進む。
「今回のは大きすぎて私のポケットには入らないけれど、壊すことで依頼主の元に美しい壊れ様を見せることができる。陰湿に壊すだけじゃつまらないし」
 だから、私は今回こういう手段に出たの。未結がそう言い切ると同時に一番近くの爆弾が誘爆し、爆風とともに二人は窓から飛び降りた。

 立ちのぼる爆炎。気を失ってしまった板山の下敷きになった未結は瓦礫をどかすかのように板山の下から這い出ると、汚れた衣服を整えることに専念する。遠くから聞こえてくるサイレン音と騒ぎ立てる人々の声。それは街灯の灯りが全て消えたことを未結に知らせている。これで今回の未結の仕事は終了した。会社が壊れたことによって、回路が狂ってしまい、二度と街灯がつくことはない。事実上の破壊になる。
「もう二度とこういう仕事はごめんよ」
 未結は溜め息をついてマットから着地すると、携帯を取り出して的場へ連絡を取った。的場は「すぐに迎えにいくからね」とメールを返し、数分後には助手席を開け「どうぞ」未結を招く。しかし、未結は自分で呼んだにも関わらず乗ろうとはしない。不思議に思って的場がいつものように問いかけると未結は答えた。
「あそこにマット見えるでしょ。あの上に一人気を失ってるのよねぇ。…警察が」
「警察!」
 驚いた表情で的場が叫ぶ。「静かに」未結は即座に彼の口元を抑えると溜め息をひとつ。
「私だってなんで助けちゃったのか分かんないのよ。まぁ、人の命を奪うようなことはしたくなかったけど」
「でもそこに放置ってわけにもいかないでしょ?顔見られたかもしんないし。いっそのことここで記憶を飛ばして、今日何を見たかを忘れさせた方が…」
 的場の意見は正論だった。けれども未結は素直に賛成することができない。関係ないとは全くもっていえないが、しなくてもいい傷を負わせる必要はないと思うから。未結は静かに「マットを片付けるの手伝って」そう的場に告げると、的場は「甘いよね」未結に聞こえないように呟いてマットの処理に取りかかった。

 的場の車に乗せられセレブ街を遠目に、未結はそれを眺めながら過去の映像を思い出していた。

 あれは十歳の頃だろうか。裏地や都会を知らず、ただ空地や少し廃れたアパートが建ち並ぶ町並みに裕太達家族と一緒に住んでいたあの日々。未結に母と父がいて幸せだった毎日を過ごしていた。
 母はチョコレートが好きだった。買い物に出かけるとよく二人しておかしコーナーで唸り、最後には一緒にチョコレートの箱をかごに入れて笑ってた。
 父はとても厳しい人でチョコレートを買ってくる二人に対して意志が弱いとよく怒られたのを未結はとても覚えている。けれどいつも最後は三人で二箱のチョコを食べ他愛無い話で盛り上がった。
 だけど裕太と一緒に少し遠くへ遊びに行ったある日、家に帰ると優しい母の「おかえり」も厳しい父の「ただいま」もなく、二度と二人の姿を見ることはなくなった。
「ママ…パパ…」
 その日丁度新月で、灯りをつけるひもに届かなかった未結は、何も見えない真っ暗な部屋の中押しつぶされそうな悲しみにうち震えていた。
 そして翌日、二人の居ない部屋にやってきた内山に引き取られることになり現在に至る。

×××

「ママ…パパ…」
「え?」
「あ、うん。なんでもない」
 つい口に出してしまい、隣で運転していた的場が心配そうにこちらを見つめる。未結ははっとして大丈夫であることを告げ、助手席の窓から外を眺めることに徹した。気付けばもうすでに裏地に入っており、数分経てば的場の車はラコンド横につけられる。
「着いたよ」
 的場がエンジンを止めて未結に言う。未結はけだるい体を起こして的場に礼を述べると、ドアを開け立ち上がろうとした。が、不意に的場が車内へ引き戻しそのまま未結を抱きしめる形になり、未結は喫驚した。
「ま、的場兄ちゃん…?」
「俺さ、未結ちゃんがきついって思ってるの見るの苦しいんだ。まぁ、未結ちゃん俺のこと『兄ちゃん』って呼んでくれるけど実際本当の兄ちゃんじゃないし、頼りないかもしれないけどさ。少しぐらい言ってくれても罰はあたらないと思うよ?」
「…うん。ありがとう、的場兄ちゃん」
「たまには、でいいからね」
 的場は今一度ぎゅっと未結を抱きしめ、控えめに頬へキスを施す。未結は固まったまま外へ立ち尽くしていると、的場は颯爽と逃げて行く。我に返ったときはすでに遅く、残された未結はその場にしゃがみ込み、震えていた。
「…本日二回目ですけど、これはまた子供の喜びの表現と解釈していいのかしら…」
 悩み多き乙女、がんばれ未結。

 数日後、あの時の設計士が現れソーサーを受け取った。その姿はすがすがしく、前回現れた時の感じとはかけ離れていた。
「人ってかわるもんなんだねぇ」
「そやねぇ」
 彼が居なくなった後、二人で会話をしているとそんな一言が飛びかかった。内山は見守るような視線を向けると「未結もかわったんやない」そう言う。未結は首を傾げて内山を見つめ「何故?」問いかけたならば、彼は優しく未結の頭を撫でる。
「体が成長するとともに心も成長するんよ。やけん、未結もそうなのよ」
 未結は内山の意味深な言葉を理解するのに苦しんだが、真意を聞く前に洗濯機のブザーが鳴り、未結は立ち上がる。
「続き、ちゃんと意味教えてね」
 二階へと駆け上がる未結の後ろ姿を見ながら、内山は「いつかね」と呟いたのは気のせいか。それは内山以外誰も知らない。


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