『勇気を出して』

 杉山兄弟と忍が出会っていたあの日曜日。草介は一人、学校からさほど遠くない喫茶店にいた。
 静かなクラシックが流れる店内。その中の一角で、アイスティーの氷を見つめながら人を待っていた。
 変じゃないかなと何度も確認する服装。今日着ているのは、赤いTシャツに白のカッターシャツ。黒のジーパン。首にはワンポイントでシルバーアクセを身に付けている。別にこれといって変なところはない。時計を見て、そろそろ時間かと心を落ちつかせる為にアイスティーを一口。ひんやりとしたそれは、緊張で渇ききった喉を潤し、同時に心をすぅっと落ちつかせた。
 カランカラン。ドアのベルが鳴って、草介はそちらを向く。すると、赤いチェックのチュニックスカートに身を包んだ女の子が、草介を見つけぺこりと頭を下げた。

「すいません。待ちましたか?」
「ううん。別に、今来たところだから」

 平然を装って、アイスティーをストローでかき回しながら彼女を向かいの席に座らせる。草介が持っているアイスティーの減り具合に気づいた彼女は、自分が来る何分も前からここにいたんだと思い、少し笑った。

「加奈子ちゃん、最近は電車の中で何かあったりしない?」
「はい。今は女性専用車両も出来ましたから。その車両に乗るようにしてます」

 痴漢から救った彼女、紺野加奈子としばらく他愛のない話をしていた草介。時折見せる彼女の屈託のない笑顔に終始ドキドキしながら、自分はこの子を好きなんだなぁと自覚する。たまにぼけぇっと彼女を見ていて「どうかしましたか?」なんてつっこまれたりすることもあり、草介はごめんごめんと謝りながら話を続けていた。
 とその時、ジーパンの尻ポケットに入れていた携帯が鳴った。そんなに長い振動ではなかったので、メールだろうと思い、今は邪魔しないでと無視を決め込む予定だった。が、次の瞬間、再度振動が伝わり、今度はメールでないことに気づいた草介は携帯を取り出し、電話の相手を確認した。

「はぁ……」
「どうしたんですか?」
「あ、いや……」

 携帯の画面に表示された名前は忍だった。出ないのも何かを勘ぐられてまずいかなと思ったけれど、出たら出たで「今何してる?」なんて聞かれたら面倒くさい。草介はうん、と自分で納得して頷くと、携帯を閉じてポケットに戻した。

「出ないんですか?」
「うん。面倒だもん」

 草介はそう言って、アイスティーを飲むと、話があるんだ。加奈子の方を向いて真面目な表情を見せた。
 すると、加奈子も何かを思ったのか。私もあります。話を切り出そうとした草介の言葉を遮った。言い出そうとした勢いを止められ、草介は出しかけた言葉を呑み込む。そして彼女に話すように促すと、伏し目がちな彼女が小さい声でぽつりと呟いた。

「……って下さい」
「え?」

 余りの小ささに、草介は思わず聞き返す。一度言ってしまえば、何でも言えてしまう。そう思った加奈子は、ばっと顔を上げると勢いに任せて草介に言った。

「痴漢で助けてもらう前からずっと富永先輩のこと好きでした。付き合ってください!」

 一息で言われた台詞に、草介は思わず後ろに引いてしまう。言い切ってしまった亊にたいして、加奈子は赤面すると、草介のことが見れないのか。俯いてその顔を綺麗な黒髪で隠してしまった。
 ぎぅっとテーブルの下で握られた加奈子の小さな手。草介は自分が言おうと思ったのに先を越されちゃったと心のうちで思うと、そっと加奈子の頭を撫でた。

「いいよ」
「……へっ?」
「オレが先に言おうと思ってたんだけどね。加奈子ちゃん、オレも君のこと好きだよ」
「ほんと……ですか?」
「うんっ。こんなこと、嘘で言わないよ。それとも信じられない?」

 そんなことない。と言わんばかりに首を振る加奈子に、草介は柔らかい笑みを零すと、んじゃ。椅子から立ち上がり、伝票を手に持った。

「今から初デート。行こっか?」
「はいっ!」

 会計をして出て行く二人。数日後、別の日に行ったデートを目撃され、忍にぐちぐち言われるのはまた別の話。



09.03.06 UP

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