『お母さん!』

  大半の人間が苦手だと言われる数学の時間。今日は先生が皆の理解度を知る為に、難易度の違う問題を十問ほど書かれたプリントをすることになった。
 カリカリと、プリントの上を滑るシャーペンの音が響く。時折、忍の隣から草介の呻き声が聞こえてきたが、忍自身も数学は苦手なのでそこは無視。というか、呻きたいのは自分も一緒だ。
 どうにかして自分で五問目まで解き終わると、ふと後ろから聞こえていたはずのシャーペンの音が途切れたことに気付いて忍は後ろを向く。すると、そこには全てを解き終え、愛読書に目を通している男が……。

「杉山、終わったの?」
「あぁ。ここの数式は理解しているから」

 愛読書から目を離さずに杉山がそう言うと、そのエリートのような(いや、実際エリートだが)対応に、自分のプリントを見た忍はがくりとうなだれた。

『こんのエリートめっ!』

 自分が解けないというのと、その清々しいまでのクールな対応に腹が立った忍は、ある決意を固めるともう一度杉山の方を向いた。

「杉山くぅん?」
「なんだ、気持ち悪い」
「プリントの答え見せて?」
「断る」
「なんで!」
「理解度を確認するためにしているプリントなのに、人のを見たら無意味だろ?」

 だから断る。そう言った杉山は、確かに正論である。しかし、相手は腹を立たせた忍だ。それで引き下がるわけはなく、彼は杉山の机に手をかけると、許可を得てないのにも関わらず、プリントを引っ張った。

「苦しんでる友達を助けようと思わねぇのか」
「思わない。今の状態に関してならむしろ苦しめ」
「おまっ……!そんなこと言っちゃう?」
「毎回毎回、試験前に泣きつかれるくらいなら、今苦しんでもらった方がマシだ」

 そう言って、杉山がプリントを取り返す。机の引き出しに入れられ、忍は引っ張り損なった手を宙に浮かせる。悔しくて、忍は杉山の机を叩いて立ち上がると、一番遠い席の子を教えていた先生に向かってこう言った。

「お母さん!杉山がいぢめる!」

 刹那、ものすごい勢いで教室が静かになった。

「高二にもなって、先生を母親呼ばわりか?」

 そして、誰かが言ったその台詞を合図に、教室中に笑いが巻き起こった。

「……本宮。お前、廊下に行ってこい」

 呆れた先生のレッドカード通告。忍が出て行くのをよそに、マイペースに問題を解いていた草介が顔を上げた。

「できたぁ!……って、忍は?」

 どこにもいない忍の姿に、あちこちを見ながらどこにいるか探す草介。が、先生が答え合わせをするぞと言ったので、それ以上は詮索せずに筆箱の中の赤ペン捜索に精を出したのだった。

09.03.02 UP

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