『笑え!』

 夏だ。
 長期休みも直前で、生徒の気分も右上がりだというのに、アホの大将本宮忍は、目下急降下中であった。

「ずどぉん」

 昼休み、椅子の上で体育座りになり、鳴らない携帯を指で転がしながら落ち込んでいる忍。自分で効果音をつけて沈んでいるあたり、メンドクサイ。
 いつもくだらないことでも命かけるくらいテンション高い彼が、こんな風になったのは、他でもない都のことであった。


 放課後の屋上で二人きり。彼女の歌声にムードはばっちりだった。
 告白するセリフも、今まで以上に慎重選んだ方だし、キスしようとしたタイミングなんて百点あげてもいいくらい――だったハズなのに。
 突然開いた屋上の扉。草介が入り、突き飛ばされて後頭部は強打するし、都ちゃんは逃げちゃって、あれから教室も屋上も保健室も図書室ですら会えなくて、へこみにへこんだ俺、忍。十六歳。
 落ち込んで何が悪い。夏? もーどうでもいい。
 都ちゃんを自分がどれだけ好きかよーく分かった。めちゃくちゃ好きだよ。あぁそうさ。あの雨の日からずっと気になってた。
 そんで、都ちゃんが俺のこと好きなのかもしれないってのも気付いた。
 ねぇ、だったら隠れる必要ないじゃん。
 俺も好きだって言いたい。言いたい。言いたい。

「好きだぁ!」



「と言っているが、森園さん。どうなんだ?」

 叫ぶ忍から遠く離れた教壇側の入り口。忍がいるために入ることができず、俯いたままの彼女に杉山が問いかける。

「で、でも私じゃないと……思うし」
「キスされかけといて、それはないよ。大丈夫」

 消極的な答えには、草介がにぱっと笑顔で背中を押す。

「笑え」
「えっ?」
「忍の彼女になるんだ。笑顔の練習してないと表情筋が筋肉痛になるぞ」
「忍の側に福来たるってね。忍っち!」

 草介の声に反応して、のそっと振り向く忍。
 一秒前までは目も当てられないくらい酷い顔だったのに、今はキラキラと眩いくらいの笑顔。

「え、あ……本宮く」
「結婚してくれ!」
「えぇ!?」

 すっ飛ばした告白に、驚きを隠せない都だったが、ぎゅっと抱き締められ思わず笑顔が零れる。
 それがきっかけで、周りも笑いや祝福の声が飛び交う。

「やっとだな」
「うん。六月くらいだったから頑張ったよね」
「もっと前だ」
「えっ?」
「もっと前から森園は好きだったんだ。あいつのことが」

 遠くの忍と都を見ながらそう言う杉山は、草介が今まで見たことないような柔らかな笑みだった。それは確実にあの二人が作り出したもので。嬉しくなった草介は、自分もその輪に入ろうと忍たちの所へ飛び込んでいった。

 笑う忍に都来た!



09.08.30 UP

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