『えすとえむ。』

 隣にいる。それだけで、胸がキュッと詰まってしまう。
 彼氏の家のベッドのへりに体を預け、平然を装いながら雑誌のページをめくる。
 女の子なのにはしたない。なんて言われるかもしれない。でも、私の頭の中ではもっと先のことを想像してしまってピンク色だ。
 彼が寄りかかってくる。甘えた目線をこちらに向けて、何気なくページをめくる私の手を追う。
 心臓の音、聞こえてないだろうか。密着した肩口から彼の体温が伝わってきてドキドキする。
 顔まで真っ赤になっちゃって、どうしたの? なんて聞かれたら、なんでもない! って声をひっくり返しながら答えちゃった。

「かわいい」

 彼はそんな私にゆっくり口付け、次第にうっとりとしだす体をベッドに縫い付ける。
 そして、一生懸命手入れした私の黒髪を撫でながら、彼はブラウスのボタンに手をかけた。


「彼はSだ」

 昼休み。コッペパンを口に銜えたまま珍しく黙って本を読んでいた忍が、小気味良く本を閉じて吐いた台詞は酷く滑稽なものだった。

「なんなの、急に」

 そんな彼にツッコミを入れたのは、草介。いつもはひとつ下の彼女である加奈子と昼食を取るのだが、今日はクラスメイトとご飯を食べるらしく、休み時間に入ってすぐに彼女がお弁当をもって現れ、

「ごめんなさい。今日は忍先輩たちと食べてください」

 と言いにきたのは記憶に新しい。
 そんなことがあった草介は、本に集中している忍と杉山に放置されながら、加奈子の作った弁当を食べていたのだ。

「で、何が¨彼はSだ¨なの?」

 放置されていた上、急に変なことを言い出す彼に、不機嫌丸出しの草介は問う。すると、忍は持っていた本を草介の前に広げてみせると、ここ。ある部分を指差した。

「甘えた目線をこちらに向けて――のくだり。もうヤる気満々のくせに、彼女がモーション起こすまで楽しんでるんだよ」

 こんなのS以外のなにものでもないと豪語する彼に、頬杖をついてその文章を追う草介。
 女の子視点で描かれている描写は確かに彼の言うとおり、S心が働いたような仕草に取れる。じらしてじらして、最終的には綺麗にその行為へと持ち込む。なかなか良いテクニックをお持ちで。なんて草介は思うが、それよりも彼にはもっと気になることがあった。

「ねぇ、忍っち」
「ん?」
「その禍々しいもの殴っていい?」
「え? ……あ」

 小説を読んでいたために反応していた忍のものを指摘する草介。醜態を晒す張本人は悪びれもなく、むしろふざけて、いやんっとそこを隠す。それがいけなかった。  草介は机を強く叩くと、立ち上がってこう言った。

「誰がしおらしいてめぇを見たいっつったよ? さっさとその汚いナニをどうにかしやがれってんだ」

 どす黒いオーラを背に鋭い一瞥を送る草介に、心身共に縮みあがった忍は、前を隠しながら廊下に出て行くと、一目散にトイレへと向かった。
 健全な男子高校生とはいえ、飯がまずくなると思ったのは彼だけではないだろう。
 忍がいなくなり、加奈子の弁当を再度つつき始めた草介を見て、クラスメイトは草介を怒らせるまいと誓ったのだった。



09.06.17 UP

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