『見つけた。』

 傘を返そうと、校内中を歩き回った忍は、屋上の扉を開けてようやく彼女を見つけた。


 フェンスに手をかけ、もう片方の手を胸元に、柔らかな歌声を披露する彼女はさしずめ天使のよう……なんて忍は思いながら、歌う彼女の邪魔にならないように近付いていく。が、刹那に突風が吹き、半開きだった扉が大きな音をたてて閉まったので、歌声は中断してしまったのだけれども。

「も、と……宮く……!」

 忍の存在に気付いた彼女が、自分の歌を聞かれていたことにいたたまれなくなって、パタパタと近付いてくる忍から離れていく。あぁ、やっぱり聴かれたくなかったんだ、と忍は頭をがしがし掻きながら彼女に言う。

「ごめん。盗み聞きするつもりはなかったんだよねぇ。ただ、君に返さなきゃと思って……」

 これ、と忍が差し出すオレンジ色の傘に、彼女はついこないだ自分が貸したものであると認識する。

「わざわざ、あ……りが、とう」

 さっきの歌声の時の声量はどこへやら。時折吹く風にすらかき消されそうな声でお礼を述べ、忍から傘を受け取ると、その横をすり抜けて教室へ戻ろうとする。忍は咄嗟にそんな彼女の手首を掴んでしまうと、彼女は怯えたような困った顔を向けてくる。忍自身、何で彼女の手を掴んだか分からず混乱し、小さく聞こえた彼女の「痛い……」と言う声で、ばっと手を離す。

「あ……えと、ごめん……ね?」

 もう自分でも訳わからなくて、忍は目線を外して謝る。彼女は、ふるふると首を横に振り、もう一度踵を返して校内への扉に手をかける。
 それを横目で見ていた忍は、胸の中でつっかえている何かが分からなくて、とりあえず思いついたことを彼女に言う。

「またっ! ……歌声、聴かせてくれる?」

 すると、ノブを捻った彼女は立ち止まって小さくこくんっと頷くと忍に聞こえるように呟いた。

「放課後は、いつも……ここにいるから」

 ぱたんと閉まる扉。
 残された忍は、耳に残る彼女の歌声に合わせて口ずさみながら、自分を探しに来た杉山と草介に言うのだった。

「……見つけた」と。



09.05.16 UP

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