『雨降り』

 あ、と思うにはもう遅く、昇降口の向こうで強く降る雨を前に、忍はぽつんと一人取り残された。


 朝は、晴れだった。天気予報は遅刻寸前で見ていなかったが、外を見る限りでは雨が降るなんてありえないくらい。
 けれど、それは朝までの話。
 昼を過ぎ、うっすらと雲がかかり始めて太陽を覆い隠し、青かった空は真っ黒に変わり……。
 夕方になるころには、ばっちり土砂降りコースまっしぐら。
 忍は、濡れて帰るかそれともこの雨が弱まってくれるのを途方もなく待つか考えあぐねた後、力なくため息をついた。

「ついてないねぇ」
「あのっ」
「え?」

 と、昇降口で立ち尽くしていた忍の元に、一人の女子生徒が声をかけてきた。野暮ったい眼鏡をかけ、長い髪を二つに分けて三つ編みをしている彼女は、少しふっくらした手で持っていたオレンジ色の折りたたみ傘をすっと差し出す。

「俺に?」

 貸してくれるの? と言う忍に顔を真っ赤にさせながら首を何度も縦に振る。見覚えのあるようなないようなそんな彼女と傘を交互に見ながら、自分の女の子ファイルを調べていると、忍が借りようか悩んでいると思ったのか。彼女は自分の腕にかかっている赤い傘を見せてくる。

「私は、これ……あるから。本宮君は、それ差して……帰ってね」

 集中していなきゃ、雨にかき消されそうな位の声で言うと、彼女はそそくさと自分の傘を差して帰ってしまう。
 時折水溜まりにはまってびっくりする彼女の後ろ姿を見ながら、そろそろ自分も帰るかな。忍はオレンジ色の傘を差して昇降口を出た。


 彼女はいったい誰だったのだろう。
 帰り道の間、いくら脳内ファイルをめくってもヒットせず考え続ける忍は、その足で杉山の家に向かうことにした。
 別に杉山が女の子好きというわけじゃないけれど、なんとなく彼女が彼と同じタイプのような気がしたからだ。

「すぅぎやま、くぅん。居ますかぁ?」
「留守だ」
「もういぢわるしてないで開けてちょ」

 彼の家につき、中へ入れてもらった忍。突然現れて驚きを隠せない杉山はまだ制服姿で、弟である歩に「お茶でも何でも良いから出しといてくれ」と告げると、二階にある自室へ着替えに行った。

「どうぞ」
「あ、どうもご丁寧に」

 ソファーに座り、お茶とタオルまで出してもらった忍は、年下の歩に頭を下げると一口お茶を頂き、洗いたてのようなタオルで制服を拭く。すると、ジーンズと外国の女性のプリントがあしらわれたTシャツに着替えた杉山が降りてきて、忍の隣に座ると、目の前のローテーブルに置いていた雑誌を読みながら、忍に問いかけた。

「あのさ、杉山に聞きたいことがあるんだけど。丸縁黒眼鏡でツインの三つ編み。ちょっとぽっちゃりした女の子知ってる?」
「は?」

 いやぁ、学校で傘を借りたんだけど、名前分かんなくて、そういう根暗な子は杉山のが知ってるかなぁと。
 暗にお前も根暗だと言われている気がして、杉山はむっとする。と、記憶の端にいる一人の女子生徒を思い出して「あぁ……あいつか」と呟く。
「なになに? 知ってんの?」
 目をきらきらさせて押し倒してくる忍に、持っていた雑誌で一発叩き「落ち着けないのか、お前は」と説教たれた杉山は、忍の第二段突撃を免れるべく、一人の女子生徒の名前を上げたのだった。

 さて、忍は彼女に傘を返せるのだろうか。



09.03.31 UP

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